情報社会になって変わったこと

 SNSやIoTなど、これまでの常識を塗り替える技術革新の影響を受ける今日は、20年前とは根本的に異なる社会に生まれ変わろうとしています。
 これまでの技術革新は主に「モノ」の変化でした。自動車が普及したり、全自動洗濯機ができたり、電車や飛行機が発達したりと、目に見えるモノの充実が中心でした。ところが、これからは「情報」によって社会が大きく変わります。これは目に見えるモノとは違い、社会を構成する個人を内面から変えていく不思議な力を持っています。例えば広告は私たちに購買意欲を高める効果があります。映画や音楽は人々の心を動かす感動を与えます。情報は私たちの感情や思考に影響を与える存在なのです。

ユビキタスとは?

 これまでの社会では、簡単に情報を運ぶことはできませんでした。20世紀は、電話やテレビ、新聞、手紙など、特定の場所へ情報を届けていました。これが21世紀の幕開けと同時に大きく変わりました。情報は常に、どこにいても、内容に関係なくどんなことでも、直接一人ひとりが互いに伝え合うようになったのです。これを「ユビキタス」という言葉を使って表現することがよくあります。例えば外出中に自由に必要な情報が得られる通信環境を「ユビキタス環境」「ユビキタス社会」と言います。
 この情報の伝え方が大きく変化したことが、私たちの生活を根本から変えることになる原因です。

つながり方が変わった

 情報の伝え方が「点」から「面」へ変わると、生活の何が変わるのでしょうか?知りたい情報がいつでも得られる、必要なことをすぐに伝えられる、など、外出中はつながらないと諦めていたことが、実現可能になりました。手紙と違って時間の心配もいりません。
 自分に必要な情報を得られて、伝えたいことが簡単に伝わるようになった現在の生活は大変便利になったと思います。しかし、便利とは主観的な考え方で、自分のことについてのみ考えている場合が多いことに注意が必要です。ある人にとっての便利は、別の人にとっての「便利」とは言えない場合もあるのです。

子どもを取り巻く環境が変わった

 子どもとは成人になる前段階として社会から保護される存在です。子どもは社会に適応すべく日々様々な情報を吸収しようとします。その力は大人以上です。しかし、情報の内容を評価する力が乏しい為、感覚的に良いもの悪いものを判断する傾向があります。そのため、例え社会的に悪い情報であっても、興味があれば見て覚えようとしてしまうのです。
 その為、子どもの周囲には、子どもが触れても良い情報だけにして、悪い情報は排除する「保護」が必要です。これまでは店員が判断したり、補導員や地域の人が見守っていたり、テレビ局では放送時間を考えるなど、社会全体で「健全な情報を伝える」努力がされていました。
 ところが、こうした努力はユビキタス社会においては無力化してしまいました。成人向け情報や娯楽情報は直接子供部屋にいる子どもの端末に表示されるようになったのです。子どもに近づけたくないと思っていた人も、交流サイト等を通じて直接子どもとつながります。これまで絶対安全だった子供部屋が、危険な場所に変わってしまったのです。

子どもの育ちが変わった

 様々な情報に触れることで、子どもたちの考え方や行動に変化が起こり始めています。
 いつでも連絡できることが安心を生み、直前に連絡したり、外出中のお守りになったり、すぐに親に助けを呼べる、など子ども自身が自分で考え行動する緊張感や責任感を持つ必要性が薄れています。
 どこにいても遊べるので、周囲に関心を持たず、画面の中の自分だけの世界に没頭する時間が増えています。
 友達との信頼関係構築は子どもにとっての社会学習ですが、いつでも連絡できれば信頼するよりも確認したくなります。つまり、連絡して返信があるか気にするのです。返信がないときは不安になり、常に返信が気になる生活に変わっていきます。
 これらは便利さの弊害として生まれるものです。スマートフォンなどのメディアに過度に頼る生活は、精神的な成長機会を阻害する恐れがあるのです。