メディアとは

 メディアとは「情報を伝えるために使われるモノや手段のこと」を言います。情報とは説明するのが難しいので、ここでは「脳が働く素となる信号」としておきましょう。私たちの生活は食べ物によるエネルギー摂取と、メディアを通じた情報処理の二つで成り立っています。言い換えると、食べ物があるから生命活動が維持できて、情報があるから日々考えたり楽しんだりすることができる、という具合です。
 「メディア」と聞くとマス・メディアを想像される方が多いようです。また、テレビ、ラジオ、ゲーム機、音楽プレイヤー、パソコンなど「電気を必要とするもの」を意識しやすいようです。しかし、これらは正確には「電子メディア」の一種です。メディアには身体をはじめ手紙、新聞、狼煙、伝書鳩などもあります。また、光や音のように形のないもの(無形のメディア)もあります。
 とにかく情報を伝えるものや手段なら、すべてメディアと呼んでいいのです。

メディア特性とは

 情報を伝えるにはメディアが必要です。例えばAさんが今朝遭遇した交通事故についてBさんに話をしたとします。この時Aさんはどのように伝えるでしょうか?「(口頭で)話す」「メールで伝える」「絵や写真や動画を見せる」「簡単な劇にして見せる」など様々な方法が考えられます。どの方法で伝えてもBさんが理解できればかまいませんが、伝え方の違いによってBさんの理解は変わります。メールでは状況を簡潔に伝えることはできますが、音や緊張感は伝わりません。言葉だけでは詳細な情報が伝えられません。映像は分かりやすいですが、臭いや現場の緊張感までは伝えられません。メディアには、「伝えられる情報と伝えられない情報」があるのです。これをメディア特性と言います。

メディアは人を動かす

 先ほどのAさんのケースをもう少し考えましょう。メディア特性によって、Aさんの経験を100%理解できないBさんは、Aさんが伝えきれなかった情報(衝撃や音や場の雰囲気など)を自分の頭の中で「補完」しようと想像力を働かせます。そうすることで、Aさんの経験を理解しようと努めるのです。
 こうして不足している情報を補完することは、話し手を理解するうえでとても良いことです。しかし、同時に自分を間違った方向へ誘導する危険も秘めています。分かりやすいのが詐欺です。
 詐欺とは、間違った情報によって相手を自分の思い通りに動かし得をしようとする行為です。例えば本当は不良品なのに「まだ使っていない新品ですが安く提供します」と言われると、「新品なのにこんなに安いのか?これは得だ!」と考えやすいものです。事実を知らされていないので、「新品」「安い」といった情報から「新品なのに安く売ってくれるなんてとてもいい話だ」という具合に想像してしまうのです。
 もしも隣にいた人がその商品が不良品であることを知っていたら、この取引をどのように見ているでしょうか?買い手がわざわざ間違った行動を喜んでとろうとしていると思うでしょう。
 同様に「銀行がつぶれるらしい」「このメールを5人に転送しないと不幸になる」など疑わしい情報でも、まともに受け止めれば誤った行動が起こります。こうして私たちは常にメディアによって動かされるリスクを負っているのです。

インターネット上で非常識な行動が起きる理由

 インターネット上では、まったく素性が分からない相手に親しくメッセージを送ったり、自分の写真や名前などを気楽に伝えたり、自分の日常をさらけ出すような行為が見られます。こうした行為が災いを招いた事件も起きています。
 そのため、ある人がインターネットやSNSの危険を伝える時に、このような事を言いました。「あなたがインターネット上に情報を発信することは、玄関先に張り紙をしたり、駅前で自分の写真を配ったりするのと同じです」。インターネットを体験的に理解させるための表現であることはよくわかりますが、この表現には決定的な問題があります。それは、実際にできてしまうという事実です。
 本来、玄関先に張り紙をしたり、駅前で写真を配ったりするという行為には抵抗があるはずです。これは実際にやってみなくても、容易に想像できます。しかし、ネット上では本来あるべき「心理的抵抗」がありません。抵抗が無いからできるのです。
 確かに子どもたちには、社会常識が足りません。でも、彼らは愚かではありません。発信した情報が世の中に出回ることに無自覚なのは確かですが、それ以上に「ネット上では実社会と異なる活動ができること」を知っているのも事実です。小さい頃よりゲームサイトやオンラインゲームで他者と関わり、緊張や実害のない安心した心地のいい世界がネット上にあることを彼らは体験的に理解したのです。
 これを可能にしたのが先ほどのメディア特性です。ネット上では、不足している情報は自分で補完することができるのです。例え対戦ゲームの相手が犯罪者であっても、ゲームをしている時はライバルであり知り合いです。また、例え脅すために裸の画像を送信させようと企てている人であっても、送信する少女にとっては大切な人に思えているのです。事実を知らない分、自分の期待が膨らみ、事実と異なる想像に沿った行動が自然と行えるのです。

交番の前で誘拐事件が起こる時代

 人間関係とは信用によって仲が深まります。これまでは直接会うことで事実を確認しながら信用が高まりました。しかし、ネット上では断片的な情報と想像によって信用を高めます。例えば、お見合いのように、出会う前に信用できるだけの情報があれば、初対面の煩わしさから解放され、関係が築きやすくなります。これは、入学前にSNSで友達を作る現在の大学生にも当てはまります。同時にこの原理を応用すれば、誘拐の方法を変えることにも使われることがわかるでしょう。
 ネット上では実社会以上に出会いのチャンスが広がっています。わざわざ出会い系サイトを使わなくても、SNSやチャットで十分つながります。しかも、実社会と異なり相手の素性は限定的にしかわかりません。直接声を交わすのでも、会っているのでもないので、緊張感や雰囲気、態度など外見は分かりません。
 本来は素性が分からないことが不安になるのですが、条件がそろえば逆に安心できる心理状態にもなります。例えば「自分のことを理解してくれる人が欲しかった」「信用できそうな人だと思った」など相手に好意や期待感を抱くと、心理的に相手を好意的に理解しようと努めます。そんな相手が「駅前のロータリーにある交番の前に車を止めて待っている」と伝えて来たらどうでしょうか?会いたい一心で車に乗り込んでも不思議ではありません。